筒井康隆『聖痕』:筒井御大、お世話になりました。

聖痕

聖痕

 初めて筒井康隆の作品を読んだ時の衝撃は忘れられない。読んだのは『にぎやかな未来』だった。

 『にぎやかな未来』は筒井康隆お得意のむちゃくちゃな設定の短編集で、時間は止まるわ、子どもは泣き叫ぶわ、大人は交わりだすわ、畸形が出てきて、もうあれな短編集。けっして筒井を代表するような短編集とは言えないらしいけど、当時小学生低学年の自分にとっては読んでいたどの本よりぶっとんでいたし、かつどこか批評的だったり、残酷な描写が出てくるのにもかかわらず笑える作風に一発でやられた。確かメタ構造(そんな呼び方があることすら知らなかったけど)を初めて目にしたのもこの本だ。家にあったのは三一書房版で、角川書店版よりも表紙には派手さ(今思うと下品)があって、それもガキの自分にとってはよかった。『にぎやかな未来』に夢中になった後、筒井をあがめうやまったが、当時から本をずっと読むような集中力はなく父親の本棚にあった数冊を読んだけで終わってしまった。何を読んだかは忘れた。(『くたばれPTA』は読んだ覚えがある)

 早熟な子どもという存在。両親がエリートで大金持ちであったりして恵まれた環境に生まれ、さらに卓越した頭の良さを見せ、しかも美形という、フィクションでしかありえないだろ!というような子どもがとして登場する。具体的にはどの作品にそんな子どもが登場してきたかはこれを読んだ人が自分で確認してもらいたいんだけど(記憶力が悪くてほんと申し訳ない)、『聖痕』の主人公貴夫は、帯にある通り美貌には特化しているけど、まさに上の条件に当てはまる子どもとして描かれている。そしてふたつめ、純粋で完璧な子どもに対比されるように、魅力的な快楽、官能の世界とそれに溺れる大人、権力、銀座にある高級料亭(笑)、といった大人の世界が用意されている。そして同時に描かれるのが魅惑的な世界に渦巻く下劣な人間の側面。

 両方に共通する、世俗から切り離されたその実在感のない特権階級によって形作られた世界は幻でしかないけど、それと同時にその世界はまさにその特権階級を中心として世界全体が動き、魅力的に描かれている。だけどそこには他の階級の人間は入り込むことが出来ない、高貴な主人公に愛されたものだけその他の特権階級と接触することができるのだ。神筒井康隆の手によって守られた、選ばれた人だけの子どもと大人の世界、これが自分の理想の世界として無意識の内に脳に刻まれていたようだ。当然、現実の自分は親はエリートでもなければ、頭も良くなければ、美形でもない。どれだけ憧れようとそうではない自分変えられないのだ。中学生の自分はそれが分からず、いつかは特権階級のひとりとして振る舞うことになるのだとどこかで思い込んでいた。(今でいう厨二病的な感じだろうか…)

 初めて筒井の本を読んでから数十年、その間に筒井は日本を代表する作家、御大でありながらライトノベルも出して、筒井康隆はやっぱりすごいと思わせるような著作も出していた。なかなか作家先生がラノベなんて書けないよ。思い返してみると発売させたリアルタイムで買って読んだのは『聖痕』が初めてだ。今、久しぶりに目にした筒井康隆の世界はどうだろうか。小さい頃に読んでしまった経験がまだ少しは魅力的に見せてくれる。でももう憧れることはない。

*1:http://www.yomiuri.co.jp/book/news/20130618-OYT8T00578.html